自己紹介② 人生のアップダウンと戸建投資を始める理由 | 俺の戸建投資

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自己紹介② 人生のアップダウンと戸建投資を始める理由

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頭を抱える

数年前リーマンショックの憂き目にあい、転職をすることになった。
しかし転職先は今でいうブラック企業だった。(少なくとも妻の認識はそうらしい)

・年収200万円代
・長時間労働(朝6時~深夜1時まで。残業月最大150時間)(毎日馬車馬のようにこき使われる。)
・実質、年中無休。(休みの日もお構いなしに会社や取引先から電話が鳴り続け、在宅ワーク状態。)

⇒気力・体力・時間は仕事のみに投下され、働けどもお金はたまらず貯金が減っていく負のループへ突入。

結婚を考えていた彼女がいたので非常に焦ったが
転職してすぐ転職はさすがにいかんだろうということで、3年間頑張り続けた。

深夜に疲れて帰宅すると、そこには待ちきれず眠る彼女(現妻)と冷めた手料理。
加えて”お疲れ様。ごはん食べて。”の書き置き。
さすがに心を痛めるも、どうこの負のループを断ち切ればいいのか
その頃の自分にはわかっておらず、また負のループへ。

不安な気持ちを忘れようと日々の仕事に没頭した。
結果、成果が出てしまい、あれよあれよという間に社長の右腕ポストに抜擢された。

しかし給料はほとんどあがらず当時問題になった『名ばかり管理職』状態。

残業時間は増え、気力・体力・時間・お金(+命)をすり減らす感覚だった。

そんなある日、深夜に帰ると珍しく彼女が起きて待っていて
将来について真剣に話しあおうと言う。

(自分は寝不足でいらだち、早く寝たいと言い放つも)
怒りの愛の人格・生き方全否定フルリノベ(夜通し説法)を受けた。

実際には「人としてあたりまえに得ることが出来る一定水準の幸せがあるのに
なぜそれを無視して(自分だけでなく彼女の人生にも迷惑をかける)仕事を続けるのか」と泣きつかれた。

さすがに鈍感な自分も自分のやってきたことの異常さ、彼女への配慮の無さに気づき、
3年経過時点で社長面談で退職願いを提出。社長や同僚に引きとめられ、泣かれるも最後には円満退職。

その後、見事に転職先が見つかった。

(今度は彼女の厳しい就職先審査もあったので)
・労働時間は1日8~10時間。
・残業は月30~40時間。
・カレンダー通りの土日休み。(子供が出来たら土日でかけたり、運動会などに参加できるように)
といった好条件の会社に勤めることができた。

このような経緯もあり妻からはいまだに
「あなたは事故物件だったけど、リノベーションしたのは私」と
言われている(苦笑)

転職で、晴れてお金と時間・精神的な余裕が生まれ、とんとん拍子に結婚。運よく第一子も授かった。

妻子を得たこの頃から、自分自身産まれて初めて心の底から幸せを感じられるようになる。

また転職を機に、軽量鉄骨アパートに引越したが、この引越しは子供がいないうちは良かったが
子供が産まれてからはうまくいかなかった。

子供の甲高い泣き声と成長に伴いハイハイやあんよの際のドタバタ音、
転んだときの音などの音の問題が増えたし、

成長に伴い行動範囲が増したり、物が増えたことにより手狭感も増大した。

結局1年でアパートから戸建借家への引っ越しをすることになった。

なお引越先の賃貸戸建の家賃は、
アパート時代とほとんど変わらず月6万円程度。

なんと駐車場は3台~4台も停められ、庭も広い物件。

そして中古の戸建は意外にも他人が建てた家とは思えないくらいに癖がなく
住みやすく、子育てもしやすかった。

広い庭で洗濯も楽々。子供を家や庭で自由に遊ばせることもできる。
妻の趣味仲間や子連れのママ友が来ても十分に遊べる。

毎日ワイワイキャッキャと子供と妻が笑っている・・・。
ちょっと前の自分だったらこんな幸せは手にできなかったと思う。

この小さな幸せの一翼
”子育てに適した中古戸建”が担っているのは間違いない。

世の子育て中のパパ・ママに戸建住居を提供することで
きっと自分は彼らの役に立つ仕事ができる。

そう思うようになりサラリーマンの傍ら、
妻と二人三脚、2014年から子育て中のパパ・ママ向け
中古戸建投資をスタートさせた。
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